shino's interests

Jul 28 2014

私が思う必要な訓練は
「知らない人についていかない」といった言い聞かせではなく
知らない人に誘われたら、「誰かに言ってくる!」と答えて、
誰かに言いに行く。 という訓練だと思うのです。

小学校でも、幼稚園でも、

先生:「知らない人に道を聞かれたら?」
子供達:「待ってて、誰かに言ってくる!」
→「誰か」を見つけに走って伝える。

先生:「じゃあ、知らない人がお母さんが病気だよ早く乗って!と言ったら?」
子供達:「待ってて、誰かに言ってくる!」
→また「誰か」を探して伝える。

つまり知らない人を疑う判断を子供にさせるのではなく
「待ってて、誰かに言ってくる!」
これを必ず言うことを教育するのです。

先の訓練では例えば周りに大人がいない状況を作り、
職員室なりに大人を探しに行かせる。
友達に伝える子には「50点!大人に言ってね」とダメ出しをする。

「待ってて、誰かに言ってくる!」という表現は
相手が疑わしくても優しく見えても、 見知った人でも
いずれにしても気遣いなく発しやすいです。
「待ってて」という言葉が「相手への信頼」を示すからです。
かくして、
良い人なら待ってますし、悪い人ならすぐに離れます。
子供自身も「待ってて、誰かに言ってくる」と言ったからには
次の行動は即座に場を動くことになります。

所属:少数派 【子供達へ…自分を守るオマジナイ】
これはかなり有効な訓練だと思う。 (via ataru-mix)

(via mootohclip)

660 notes

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Jul 10 2014
This tool is used to calculate the performance and capacity of disk drives, disk arrays and SSD arrays. Based on the parameters of drives, their quantity in the array, RAID level and nature of workload calculates the number of average random IOPS and actual capacity of the array.

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 問い合わせの多くは、教育関連事業を運営するIT事業者からダイレクトメール(DM)が届いた、というものだった。「ベネッセに登録した住所はマンション名をわずかに変えたものだが、そのマンション名でDMが来ている」といった問い合わせもあり、ベネッセグループからの漏えいが強く疑われた。

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Jul 08 2014

太郎、次郎、三郎はそれぞれ、カウンタを 2, 4, 3 ずつ増やしたつもりですが、 GET と PUT だけでカウンターを操作すると、更新が正しく行われません。 最後の結果は三郎の 100 + 3 = 103 だけが残り、他の更新は失われます。 これは dirty read を許容するシステムで発生する不整合(lost update)です。

トランザクションを持たない分散システムである Riak ではどのように解決できるでしょうか。 増加だけが出来るカウンタに絞ると、太郎、次郎、三郎がそれぞれサブカウンタを持ち、 自分のカウンタだけを増加させることで実現できます。 つまりカウンタはひとつの数字ではなく {太:50 次:30 三:20} という構造を持ち、 上で示した更新は次のように変わります。

太郎:   {太:50 次:30 三:20}  => {太:52 次:30 三:20}
次郎:   {太:50 次:30 三:20}  => {太:50 次:34 三:20}
三郎:   {太:50 次:30 三:20}  => {太:50 次:30 三:23}

カウンタの値はどうやって読み取ればよいでしょうか。 太郎、次郎、三郎の持っているカウンタを全部集めると、 の値は 52 と 50 が混在しています。ここで増加だけが出来ることを利用すると 52 が最新値であることが分かります。 Riak の言葉を使うと、siblings の解決は最大値を取ること、と言えます。 衝突を解決したカウンタは {太:52 次:34 三:23} となりますので、 サブカウンタをすべて足して 109 を得ます。 3 つの更新はどれも失われず、正しい結果を得ました。

Jul 04 2014
嵐の過ぎるのを待つのではなく
雨の中でも踊るのが人生なのです

ベニシアさん (via ebreday-words)

かっこいい

(via odakin)

(via shinoddddd)

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Erlang/OTP関連書籍

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新生児にミルクをあげてて、誘惑に駆られるのですよ。スマホ、見てぇな、と。

もしかしたら誰かがFacebookで「いいね」してくれてるかも。誰かがリツイートしてくれてないかな。ミルクあげてる時、ぶっちゃけ暇だし。

しかし、これはイカンのですよ。
というわけで、自分に言い聞かせる意味も込めて、トッド・リズリー(Tod Risley)とベティ・ハート(Betty Hart)の研究(http://p.tl/m8Ka-)についてご紹介します。

研究者のリズリーとハートは、生後2年半までの子どもに、親の語りかけが与える影響を調査したところ、親は1時間に平均1500語の言葉を幼児に語りかけることが分かりました。また「おしゃべりな(talkative)」親(大学出や専門職が多かった)が、平均2100語を語りかけるのに対し、言語環境が貧しい親(低学歴の人が多かった)は、1時間に平均600語しか語りかけないことも分かりました。

そうすると、その差は生後30ヶ月間の累積で、おしゃべりな親の子どもは平均4800万語を語りかけられたが、不利な環境の子どもはその3割弱の1300万語しか語りかけられない、ということになるわけです。

で、リズリーとハートは、その子どもたちが学校にあがってから追跡調査をかけました。すると乳幼児期に子どもたちに語りかけられた言葉の数は、成長してからの読解力の試験の成績と、強い相関があったのです。

ここまででも結構すごい発見なのですが、更に面白いのは、彼らが「語りかけの質」に注目した点です。実はただ単に何かを語りかければ良い、というわけではなかったのです。彼らは研究の途中で、親と子どもの間で行われる会話には、大別二種類あることに気づきました。ひとつは彼らが「仕事の話(business talk)」と名付けたもので、例えば「やめなさい、危ないでしょ」「早く車に乗りなさい」等と言ったようなもの。

もう一つは、彼らが「言葉のダンス(language dancing)」と呼ぶもの。くだけた感じで思ったことを口にし、まるで大人と話しているような言い回しで話し、問いかけます。「今日は青いシャツが良い、それとも赤いシャツにする?」「ママったら、前にあなたの哺乳瓶を間違ってオーブンに入れちゃった時があったよね」というように。

実は後者の方が圧倒的に子どもたちの認知発達に大きな影響があったのでした。意外なことに「余計なおしゃべり」の方が勝ったわけです。「仕事の話」は、「直接的で時制は今、場所はここ」に限定されていて簡素すぎ、言語的「豊かさ」に欠けている一方、余計なおしゃべりに見える「言語のダンス」は、現在形だけでなく過去形や仮定形、場所もここだけでなくそこかしこであるため、言語的に非常に豊かであるためというのが彼らの分析です。

さて、私達親が受け取るべき示唆は、子どもたちは、親と喋れるようになるずっと前から、親の語りかけの影響を受けている、ということです。

更にここから社会的に重要なレッスンを導き出せます。リズリーとハートの研究は、認知的優位性の鍵が「言葉のダンス」にあるのであって、収入や民族性、親の学歴などにあるのではないことを示しています。

リズリーとハートによると、低所得労働者でも、子どもにたくさん語りかけた人は子どもの成績が非常によく、裕福な実業家でも子どもにほとんど語りかけなかった場合、子ども成績はとても悪かったそうです。

説明が長かったですが、「ながら授乳」の良くない点は、子どもの認知的発達を促す「言葉のダンス」を阻害するから、ということになります。

逆に、この僕の一語一語が、この子の心の栄養になっているのか!と思えば、たとえ反応が返ってこなかろうが、へっちゃらさ。

なんて思いながら、今日も僕はマシンガントークでミルクあげをするのでした。
「なぁ、息子よ。俺と『言葉のダンス』を踊るかい?」

参考図書
日本語だと、「教育×破壊的イノベーション」(クリステンセン)に上記研究について言及があります。http://p.tl/uN6t-

◎ながら授乳はなぜダメか (via 719043)

しゃべろう

(via mootohclip)

(Source: gladdesign, via mootohclip)

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Erlangの本なので1-9章でErlangの文法の習得をするのは当たり前なのですが、それ以降の章はErlangを習得しようとする方のみならず、並行プログラミングや分散アプリケーションを実現する上で一体どのような機構を用意しなければいけないのかを理解したい他言語の方にも十分有用な内容となっています。OTPという「フレームワーク」がいかに先に述べたようなアプリケーションを容易にかつ堅牢に実現しているかを理解する上で、本書の構成が非常に優れていると私個人は思っています。

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Jul 01 2014
さて、今回アラタナグループのCTOに就任したゲヒルンの石森氏とはどんな人物だろうか。石森氏は、1990年生まれの24歳。小学校の頃から、自宅サーバーの構築していたという生粋のギークだ。

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しりあがり寿 改故知新 あなたの知識はもう古い?
第1回 数理物理学者・橋本 幸士先生に聞く「超ひも理論」

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Jun 27 2014

「動詞が活用しない!」と聞いてショックを受けた学生の何人かがはっと我に返って手を上げ、「それで、誰の行為なのか、ちゃんと分かるんですか」と聞くのも毎年のことだ。少しも慌てず、「分からなくてもいいんです」と答えて、学生にとっては初めての日本語文「tabe-masu」を板書する。ローマ字で書くのは、学生がまだ平仮名を知らないからだ。(平仮名はこの最初のクラスの後半からすぐ始める) 「tabe-masu」の文法説明はこうなる。「tabe」は動詞ですが、原形不定詞(manger/to eat)のようなもので、これだけではまだ文じゃありません。これを(肯定)文にするために「masu」をつけますが、これには「誰が」を示す人称語尾は全くありません。ここまで話してから、「さて、皆さん。この文の意味は何でしょう。仏訳してください」と質問をしてみる。

 すると、騒がしかった教室は一瞬沈黙に包まれる。虚を衝かれた学生に声が出ないのもその筈、仏語では「主語が選ばれないと動詞の形が決まらず、文が作れない」からである。この「主語によって、動詞の形が決まる」ことを「動詞の活用(人称変化)」という。日本語にはそれがないのだ。学生が困っているので正解を言おう。毎年、学生が目を丸くする答えはこうだ。  この文の意味は「Je mange. Tu manges. Il mange. Elle mange. Nous mangeons. Vous mangez. Ils mangent. Elles mangent. On mange.」のどれかです。でもそのどれかはこの文からだけでは分かりません。それを決定するのは文脈なんです。

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最近彼女ができまして、と彼は言った。私はおめでとうと言って拍手をした。

私は他人が誰かと親密になった話を聞くと高揚し、その人の肩をばんばんたたいて、「いいぞもっとやれ」と言いたくなる。祝福の気持ちにしては盛りあがりすぎなので、他人の私生活に関する話が好きなだけなんじゃないかと思う。下世話なのだ。

彼はでも、と付けたした。でも、この年になるとなんだかいろいろスムーズで、ちょっとかなしくもあるんですよ。

どういう意味でしょうと訊くと、彼は言う。

彼女とは仕事の関係で知りあったんですけど、すてきな人だなって思って、連絡先を渡すじゃないですか。で、メールを出したら感じのいいメールが返ってきて、何回かやりとりして、食事に誘う。桜の時期だったから、少し散歩して観たりする。また食事に誘う。「あなたと一緒にいると楽しい」という意味のことを伝えて反応をみる。嫌じゃなさそうだからもうちょっと踏みこんでみる。そういう手順に、もう慣れちゃってるんです。うまくいきそうだなっていうのもわかる。まあ、もう三十すぎてますしね、順当なことではあるんですけれども。

いいことじゃないですか、スムーズなのってすごく大切なことですよ、と私は言う。彼は曖昧に笑って何度かためらってから、ぽつりぽつりと続ける。

こんなにスムーズなのは、彼女のことを身も世もなく好きなわけじゃないからだと思うんです。なんていうか、僕も相手にとって、ただの適切な人材なんだと思うんです。いえ、それでいいんですよ、世の中の大半のカップルはそういうふうにしてくっつくんだし、僕だってそうでした。

私は目で彼に話のつづきをうながす。彼は自分が話しすぎることを気にして途中で切りあげるタイプだ。彼はまた少し間をあけて、それから滞留していた水が流れだすように語る。

以前は僕も相手も、少なくとも必死でした、一生懸命だったし、精一杯だった、どうしていいかわからない場面が多いから、しょっちゅう頓珍漢な真似をしていた。そんなだからこそ、自分たちのしていることに幻想を抱くことができたんです。なにか重大な、美しい事件が起きているように思えました。でも今はそうじゃない、僕らはいろんなことが上手になってしまった、あなたはそれをいいことだって言う、でも僕はそうは思わない、正しい手順で要領よくものごとをすすめるなんてさびしいことです。

運命の恋みたいじゃないのがさびしいんですかと私は訊く。彼は首を横に振る。いいえ、僕はそんなものはないと思います。そうじゃなくて、年をとってみっともなくうろたえなくなったのがさびしいんです。僕はいつもはじめてのように、それをしたいのに。

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